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最高裁判所第三小法廷 昭和62年(行ツ)92号 判決

アメリカ合衆国デラウエア州ウイルミントン・マーケツトストリート一〇〇七

上告人

イー・アイ・デユポン・デ・ニモアス・アンド・カンパニー

右代表者

ドナルド・エイ・ホーズ

右訴訟代理人弁護士

水田耕一

同弁理士

小田島平吉

深浦秀夫

江角洋治

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被上告人

特許庁長官 植松敏

大阪市北区堂島浜二丁目二番八号

右補助参加人

東洋紡績株式会社

右代表者代表取締役

宇野收

東京都千代田区内幸町一丁目三番一号

右補助参加人

東洋製罐株式会社

右代表者代表取締役

高碕芳郎

右訴訟代理人弁護士

羽柴隆

大阪市中央区南本町一丁目六番七号

右補助参加人

帝人株式会社

右代表者代表取締役

岡本佐四郎

北区中之島三丁目二番四号

右補助参加人

鐘淵化学工業株式会社

右代表者代表取締役

新納眞人

東京都千代田区霞が関三丁目二番五号

右補助参加人

三井石油化学工業株式会社

右代表者代表取締役

竹林省吾

右当事者間の東京高等裁判所昭和五六年(行ケ)第二〇九号審決取消請求事件について、同裁判所が昭和六二年三月一〇日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人水田耕一、同小田島平吉、同深浦秀夫、同江角洋治の上告理由第一の一、第二の一ないし四について

一  論旨は要するに、原判決は、本件優先権主張日当時における技術水準として、厚肉の透明なポリエチレンテレフタレート(PET)のパリソン(予備成形体)を得ることが困難であったことを認めながら、透明なPETのびんを得ることに困難性はなかったと認定したが、この二つの認定の間には明白な齟齬があり、本願発明のびんの素材に関し、原判決は理由不備ないし理由齟齬の違法を免れないというのである。

二  よって検討するのに、本件における主たる争点は、上告人の出願にかかる本願発明が第一、第二引用例等から当業者が容易に想到しえたか否かという、発明としての進歩性の有無にあるところ、

1  原判決は、本件優先権主張日当時はもちろん、第一引用例の出願公開日においても、PETは、熱可塑性ポリエステルの代表的なものであることが周知の知見であったから、当業者は、熱可塑性樹脂から成る、中空の耐圧容器の素材としてポリエステルを使用することができ、また、パリソンを二軸延伸ブロー成形して右容器を製造することが開示されている第一引用例記載の発明における熱可塑性ポリエステルとして、PETを認識しえたものと認めるのが相当である、とした(判決理由二2(二)。

右の説示は、当業者が公知文献等から、厚肉の透明なパリソンがあれば、これを延伸ブロー成形してPETのびんが得られ、その胴部は延伸されて透明度、物性も向上し、型に握持されているため結果として延伸されない厚い頸部も透明なものが得られることを認識しえたか、という技術思想としての想到容易性につき、これを肯定した(後記2(2)参照)趣旨であることが明らかである。

2  原判決は右の説示に続き、一九七四年六月二八日発行の米国特許第三八二一三四九号明細書(甲第二〇号証)によると、本件優先権主張日より後の右明細書発行当時においても、厚肉の透明なPETのパリソン自体を得ることが困難な技術水準にあったということはできるが、(一)厚肉の透明なパリソンを製造することと、(二)PETを用いてびんを製造することとは、別個の技術的課題に属することであり、(一)の技術的課題の解決の困難性をもって直ちに、(二)の技術的課題についての認識がなかったなどということはできず、(1)厚肉の透明なPETのパリソン自体を得ることが困難な技術水準にあったということは、(2)第一引用例の発明におけるびんの素材として無定形のPETを使用することが当業者において認識しうるところであった、との前記判断を何ら左右するものではない、とした(判決理由二3(一))。

3  原判決に所論の理由不備、理由齟齬の認められないことは、前記に詳細説示したところから明らかであって、論旨は採用の限りでない。

同第一の二ないし五、第二の五ないし七について

論旨は、本願発明のびんの頸部の透明性に関し、原判決に理由不備ないし理由齟齬の違法があるというが、所論の点に関する原判決の認定判断は、原判決挙示の証拠により肯認することができ、その過程にも所論の違法は認められない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 可部恒雄 裁判官 坂上壽夫 裁判官 貞家克己 裁判官 園部逸夫 裁判官 佐藤庄市郎)

(昭和六二年(行ツ)第九二号 上告人 イー・アイ・デユポン・デ・ニモアス・アンド・カンパニー)

上告代理人水田耕一、同小田島平吉、同深浦秀夫、同江角洋治の上告理由

上告人の本件上告理由は、次のとおりである。

第一、上告理由の要点

一、原判決は、本件優先権主張日当時における技術水準として、厚肉の透明なPETのパリソンを得ることが困難であったことを認めながら、透明なPETのびんを得ることに困難はなかったと認定した。しかしながら、この二つの認定の間には、明白な齟齬がある。

二、本願発明のびんは、肉厚の頸部と肉薄の胴部との少くとも二つの部分を有するが、このびんは、頸部及び胴部を含む全体が「不透明な添加剤が存在しない状態で実質的に透明である」ものとされている。

三、PETのパリソンからPETのびんを製造するには、無定形のパリソンを二軸延伸ブロー成形するのであるが、その際頸部は握持されていて、二軸に延伸できないのに対して、胴部は二軸に延伸される。

四、透明な、すなわち無定形のPETのパリソンが得られるならば、それから頸部及び胴部ともに透明なPETのびんを製造することができる。これに対して、不透明なPETのパリソンしか得られない場合には、結晶化が進行して不透明になっているものであるから、これを二軸延伸することはできず、びんそのものを製造することができない。ましてや頸部は握持されたままであるから、透明になる余地がない。

五、したがって、原判決が透明なPETのパリソンを得ることが困難であったとしながら、透明なPETのびんを製造することに困難がなかったとするのは、明らかに理由不備ないし理由齟齬の違法があるものといわなければならない。

第二、上告理由の詳細

原判決には、以下に述べるとおり民訴法第三九五条一項六号所定の理由不備ないし理由齟齬の違法があり、破毀を免れないところである。

一、本願発明の要旨と構成要件

1 本願発明の要旨は、原判決四丁表三行~五丁表二行に認定のとおりである。

すなわち、本願発明は、ポリエチレンテレフタレート又は約一〇モル%までの共単量体を含有する結晶化可能のエチレンテレフタレート共重合体(本上告理由書においては、両者を含めて「PET」という。)から成形されたびんに関する(本願発明の要旨の(A)の構成要件)。

該びんは、内径がより小さく且つより肉厚の頸部と、内径がより大で且つより肉薄の胴部との、少くとも二つの部分を有しており(同(B)の構成要件)、かつ該びんは、不透明な添加剤が存在しない状態で、実質的に透明である(同(G)の構成要件)。

2 しかして、右(G)の構成要件において、該びんが実質的に透明とされている趣旨は、びん全体、すなわち頸部も胴部もともに、実質的に透明であることを意味するものと理解すべきである。

けだし、本願明細書における特許請求の範囲の記載に照らしても、また発明の詳細な説明に照らしても、質実的に透明な部分を、びんの一部に限定して解釈しなければならないような根拠は見出せないからである。

二、本願発明に係るびんと第一引用例(甲第一号証の一)との比較に関する原判決の認定

1 原判決は、本願発明と第一引用例記載のびんとを比較し、PETを素材樹脂として、その予備成形体を吹込成形(二軸延伸ブロー成形)により成形したびんは、第一引用例記載のびんと実質上同一であるとして、次のとおり認定している。

「熱可塑性ポリエステルを素材樹脂として予備成形されたチューブを二軸延伸ブロー成形により成形したびんが記載されていること当事者間に争いがない第一引用例の熱可塑性ポリエステルにはPETが含まれているとみることができる以上、本願発明の要旨の(A)の構成要件のうち、PETを素材樹脂として(その予備成形体を吹込成形により)成形したびんは第一引用例記載のびんと右の限度において実質上同一であることが明らかであるから、本願発明に係るびんの(予備成形体の吹込成形による成形の)素材樹脂としてPETを使用することは第一、第二引用例記載のものから容易に推考し得たものであるとした趣旨の審決の認定、判断は、(中略)結論(本願発明の特許性の否定に結び付く判断)において正当というべきである。」(六九丁表四行~同裏九行)

2 原判決は、右のような結論に達した理由として、甲第一号証の一及び二の記載を引用したうえ、

「これらの記載によると、第一引用例記載の発明において、熱可塑性樹脂から成る、炭酸飲料用のような中空の耐圧容器の素材である熱可塑性樹脂としてポリエステルを使用することができること及び右容器を、パリソンを二軸延伸ブロー成形して製造することがそれぞれ開示されているものということができる。」(五四丁裏四行~九行)

とし、さらに、乙第四号証及び乙第五号証の記載を引用して、「これらの刊行物の発行年月日及び記載によると、本件優先権主張日当時はもちろん、第一引用例の前示出願公開日においても、PETは、熱可塑性ポリエステルの代表的なものであるということが周知の知見であったというべきであるから、当業者は、前判示のとおり、熱可塑性樹脂から成る、炭酸飲料用のような中空の耐圧容器の素材である熱可塑性樹脂としてポリエステルを使用することができ、また、右容器を、パリソンを二軸延伸ブロー成形して製造することが開示されている第一引用例記載の発明における熱可塑性ポリエステルとしてPETを認識し得たものと認めるのが相当である。」(五五丁裏一〇行~五六丁表九行)

と述べている。

三、本件優先権主張日当時における透明なPETのパリソンを得ることの困難性とPETを素材とするびんの製造に関する原判決の認定

1 本願発明に係るびんと第一引用例との比較において、原判決が認定する如く、第一引用例に記載されているのは、「予備成形されたチューブを二軸延伸ブロー成形により成形したびん」であるが、そこにいう「予備成形されたチェーブ」のことを、「パリソン」という。

パリソンは、それを二軸延伸ブロー成形してびんを製造するための素材となるものであるから、パリソン自体は厚肉である。

2 原判決は、本件優先権主張日当時、厚肉の透明なPETのパリソンを得ることが困難な技術水準にあったことを認めて、次のように認定している。

「成立に争いのない甲第二〇号証(一九七四年六月二八日発行の米国特許第三、八二一、三四九号明細書)によると、同明細書の第一欄発明の背景の項第七行ないし第一五行に、「ポリエチレンテレフタレートは、ずっと以前から、多くの最終用途において、経済上極めて重要とされてきた、市販の樹脂である。この樹脂は、急冷しそして配向させることによって透明なフイルムを作ることができるが、比較的厚いセクションでは、白色不透明の外観を呈する。この材料は厚いセクションが不透明になる傾向を有するので、従来、予備成形したパリソンを用いてびんを作ることはできないと考えられていた。」という記載があることが認められ、この記載からすると、本件優先権主張日より後の一九七四年六月二八日当時においても、厚肉の透明なPETのパリソン自体を得ることが困難な技術水準にあったものということはできる。」(六〇丁裏七行~六一丁表一〇行)

3 原判決は、右述の如く、本件優先権主張日当時はもとより、その後の一九七四年六月二八日当時においても、厚肉の透明なPETのパリソンを得ることが困難な技術水準にあったことを認定しながら、第一引用例記載のびんの素材として無定形のPETを使用することが当業者にとって認識困難であったとすることはできないとして、次のように認定している。

「厚肉の透明なPETのパリソンを製造することと、PETを用いてびんを製造することとは、別個の技術的課題に属することであり、前者の技術的課題の解決の困難性をもって直ちに、後者の技術的課題についての認識がなかったとか、その課題の解決が困難であったということはできないのであって、厚肉の透明なPETのパリソン自体を得ることが困難な技術水準にあったということは、第一引用例記載の発明におけるびんの素材として無定形のPETを使用することが当業者において認識し得るところであったとの前記判断を何ら左右するものではない。」(六一丁表末行~同裏九行)

四、本願発明のびんの素材に関する原判決の理由不備ないし理由齟齬

1 原判決は、右に引用した如く、厚肉の透明なPETのパリソンを得ることが困難であっても、第一引用例記載の発明におけるびんの素材として無定形のPETを使用することに困難はなかったとしている。

2 しかしながら、PETのパリソンにおいて、「透明な」ということと、「無定形の」ということは同義なのである。

そのことは、甲第二九号証におけるPETに関する次の記載をみれば明白である(しかも、それはPET特有の現象であるとされている-同号証一頁右欄二八~二九行)。

「透明な無定形に近い成形物を得るには、結晶化速度が大き過ぎて成形時の条件の調整が極めて困難で、成形物の厚みの厚い部分は、熱の発散が不充分なため結晶を生じ不透明となり、」(同号証一頁右欄一一~一五行)

「肉厚が厚いものの場合溶融物は金型の壁面に接した部分より冷却固化するが、熱伝導度が小さく温度の分布が全体的に均一にならないので、内部は表面程急冷されず、徐冷され結晶化が進行する。従って、表面はガラス状で透明、内部は白色不透明となり」(同号証一頁左欄二九~三四行)

3 すなわち、右の甲第二九号証の記載によって明らかなように、PETの厚肉の成形品を製造する場合、透明なものを得ることが困難な理由は、急冷ができず、徐冷によって結晶化が進行するからである。しかして結晶化が進行したものは、もはや無定形ではないわけであるから、透明なPETの厚肉の成形品が得られないということは、無定形のPETの厚肉の成形品が得られないということである。

このことは、前述のパリソンの製造についても全く同一であり、「厚肉の透明なPETのパリソン」を得ることが困難な技術水準にあったとする原判決の認定は、すなわち「厚肉の無定形のPETのパリソン」を得ることが困難であったことを認定したものにほかならないのである。

しかして、第一引用例記載の発明にもとづいてPETのびんを製造しようとすれば、無定形のPETのパリソンを二軸延伸しなければならないものであるところ、厚肉の透明なPETのパリソンを得ることが困難であったとする原判決の認定は、無定形のPETのパリソンを得ることが困難であったことを認めているものにほかならないこと右述のとおりである。

されば、厚肉の透明なPETのパリソン自体を得ることが困難な技術水準にあったことを認定しながら、「第一引用例記載の発明におけるびんの素材として無定形のPETを使用することが当業者において認識し得るところであった」とする原判決の前記判断には、明らかに理由不備ないし理由齟齬の違法があるものといわなければならない。

五 透明なPETのびんを得ることについての原判決の認定

1 本願発明に係るびんは、前述の如く、「不透明な添加剤が存在しない状態で実質的に透明」である。

この点について、原判決は、第二引用例(甲第二号証)の記載からすると、PETびんとして、透明なものを採用することに困難性はなかったとして、次のように認定している。

「前掲甲第二号証によると、第二引用例の第二頁右欄下から第二行ないし第三頁第二行に、「本発明の方法の好適な実施法で製造されたポリエチレンテレフタレートの成形品は、ポリメタルクリレートの成形品と同じように良い透明さを有した」との記載があることが認められ、この記載からすると、PETびんとして、透明なものを採用することにも困難性はなかったものと認めるべきである。」(七六丁表三行~九行)

2 しかして、第二引用例(甲第二号証)に記載の「本発明の方法の好適な実施法」とは、原判決が、第二引用例の記載に基づいて次の如く認定している方法を指す。

「第二頁右欄第三二行ないし第四二行に、「本発明の方法の好ましい実施法によると、特に透明な成形品を収得することができる。この実施法は、一四~一六の溶液粘度と〇~一〇%の結晶度とをもつポリエチレンテレフタレートの板またはフイルムを七五~一二〇℃の温度に加熱したものを成形することから成る。一二〇℃以上の温度に加熱されたポリエチレンテレフタレートは、これを真空深紋り法で成形すると、著しい程度に不透明である成形品を与える。この乳濁化を惹起する光の散乱反射はおそらく一二〇℃以上では顆粒結晶が生成したことに由るものと思われる。」という記載があることが認められ、この記載によれば、第二引用例には、七五~一二〇℃の温度で真空深絞り法で成形することにより透明なPETの成形品が得られることが開示されている。」(五七丁表三行~同裏五行)

3 右の甲第二号証の記載の「真空深絞り方」においては、「真空深絞り法ではポリエステル物質の延伸現像が生じ、即ち絞り作用を受けた成形品表面に或る程度の配向が起こる」(甲第二号証二頁右欄二三行~二五行)から、透明な成形品を収得することができる(同欄三二行~三三行)とされている。

4 原判決はびんの場合についても、これを同様なものとして、次のように認定している。

「成立に争いのない甲第八号証(昭和四四年〈一九六九年〉一〇月二七日公告の同年特許出願公告第二五四七八号公報)によると、同公報第一頁の発明の詳細な説明の項の第一欄第三五行ないし第二欄第一一行に、「本発明は熱可塑性樹脂を溶融し管状に押し出すこと、その管状体を結晶性樹脂の場合には球晶の発生しない非晶質管状体を得られる温度に急冷すること、また無定形樹脂の場合には延伸最適温度まで冷却すること、冷却された管状体を延伸最適温度で縦方向に延伸すること、縦方向に延伸された管状体を型に入れ、一端を型に挟み、他端より流体を圧入して膨張させ型に密着させること、型に挟み込まれた一端を溶着することにより熱可塑性樹脂より中空成形品を造る方法に関するものであり、縦横二方向に延伸効果が附与されることにより、結晶性有機熱可塑性樹脂の場合には、透明度、物性の向上をはかることができ、また非晶質熱可塑性樹脂の場合には強度を向上させることができるものである。」という記載があることが認められ、この記載によると、熱可塑性樹脂の非晶質管状体を二軸延伸ブロー成形することにより、透明度、物性の向上した中空容器が得られることが開示されているものというべきである。」(五九丁表七行~六〇丁表四行)

なお、右説示中に引用されている甲第八号証の記載中「管状体」とは、前述のパリソンを意味する。

六、 びんの頸部と胴部とに生ずる透明度・物性の差に関する原判決の認定

1 PETのびんは、内径がより小さくかつより肉厚の頸部と、内径がより大でかつより肉薄の胴部との二つの部分を有する。

これについて、原判決は、次のように認定している。

「一般に、普通のびんは機能及び用法上当然に頸部より胴部の方が内径が大となるだけでなく、前掲甲第一号証の一により認められる第一引用例の図面2(本判決別紙(3))からも認められるように、パリソンを使用して中空成形品を製造する場合には、頸部は握持されており二軸に延伸できないから、頸部の内径及び肉厚が胴部のそれらに比して小さくなる」(七一丁表六行~同裏一行)

(注)右の認定において、「頸部の内径及び肉厚が胴部のそれらに比して小さくなる」とあるのは、「頸部の内径が胴部のそれに比して小さくなり、頸部の肉厚が胴部のそれに比して大きくなる」の誤記であると考えられる。

「右に述べたように握持部において延伸が十分に生じない以上、無定形パリソンを使用した場合にはその部分が実質的に無定形であることも当然のことであり、」(七一丁裏三行~五行)「成立に争いのない甲第九号証(昭和四二年二月一〇日株式会社地人書館発行「高分子材料の工学的性質Ⅱ」)によると、同書第七五頁の表4・2・7に、PETの引張り強さは未延伸フイルムで六~七kg/mm2(すなわち、六〇〇~七〇〇kg/cm2)、延伸フイルムでは一四~二五kg/mm2(すなわち、一四〇〇~二五〇〇kg/cm2)に増大する旨の記載があることが認められ、また、前掲乙第五号証によると、前掲「プラスチックハンドブック」の第五一六頁に、表2・16・2として本判決別紙(4)のとおりの表が記載されており、そこにPETの延伸フイルムであるマイラーフイルムの引張り強さが一七〇〇〇~二五〇〇〇psi(すなわち二九五・二kg/cm2~一七五七・七kg/cm2)の引張り強さを有するものである旨の記載があることが認められる。そして、本願発明のびんの胴部分は右フイルムと同様に延伸され配向している」(七三丁表末行~七四丁表三行)

「胴部が頸部よりも大きな密度を有することについてみると、右に述べたように、頸部が無定形状態であるのに対し、胴部は延伸により配向されており、頸部に比して当然に結晶化度が高いのである。そして、前記第二引用例の第二頁の第1表(本判決別紙(2))から理解できるように、結晶化度が高いものは密度の大きいことは自明のことである。」(七四丁表六行~末行)

2 右の認定によれば、びんの胴部は、ブロー成形により、二軸延伸されて、配向が起る結果、前記甲第八号証にある如く、透明度・物性が向上するが、びんの頸部は、その部分が握持されたままブロー成形が行なわれるため、二軸延伸ができず、実質的に無定形のままであり、透明度、物性の向上がみられないというのである。びんの頸部から胴部に至るまでの部分も、胴部ほどには二軸延伸が行なわれず、配向の程度が低く、比較的厚い外殻を有している(甲第一一号証四頁7欄三六~末行参照)ので、胴部に比べると透明度・物性の向上がはかられないことになるわけである。

七 本願発明のびんの頸部の透明性に関する原判決の理由不備ないし理由齟齬

1 以上に述べたところに基づいて、原判決の認定を整理してみると、次のようになる。

(1) 第二引用例の記載からすると、PETびんとして、透明なものを採用することに困難性はなかった。

(2) PETのびんについて透明なものが得られるのは、ブロー成形により二軸(縦横二方向)延伸が行なわれて配向を生じ、透明度の向上をはかることができるからである(甲第二号証、甲第八号証)。

(3) びんの胴部は、ブロー成形により二軸延伸されて配向を生じ、透明度が向上するが、びんの頸部は、ブロー成形に際しその部分が握持されるため、二軸延伸ができず、実質的に無定形のままであり、透明度の向上をはかることができない.

2 そこで、原判決の右認定についてみると、これを次のように考えることができる。

(1) 原判決が、PETのびんについて透明なものが得られるとする根拠は、ブロー成形により二軸延伸が行なわれて配向を生じ、透明度の向上をはかることができるとする点にある(甲第二号証、甲第八号証)が、ブロー成形にあたり、そのような二軸延伸が行なわれるのは、びんの胴部のみであって、びんの頸部はブロー成形にあたり握持されるため、二軸延伸を行なうことができず、したがって配向も生ぜず、パリソン時の状態を維持することになる。

(2) したがって、本願の優先権主張日当時の技術水準において、厚肉の透明なPETのパリソンを得ることが困難であった以上、そのような透明性のないパリソンをブロー成形によりびんに成形してみても(無定形のパリソンでない以上、前述の如く二軸延伸ブロー成形自体不可能であるが、その点はここではおくとして)、頸部は不透明なパリソンの状態を維持し、透明にはなしえないことが明らかである。

(3) かくみてくると、原判決が、第二引用例(甲第二号証)の記載に基づいて、PETびんとして透明なものを採用することに困難性はなかったとするのは、びんの胴部にのみ着目してした判断にすぎず、そこでは、頸部までが透明であるびんを得ることの困難性に対する考慮が忘れられているといわざるをえないのである。

八 結語

されば、原判決には、以上に述べた二点にわたる理由不備ないし理由齟齬の違法があることが明らかであるから、原判決を破毀し、さらに相当の裁判を賜わるよう上告に及ぶ次第である。

以上

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